《聴く耳》

 人間は、自分の気持ちを確かに分かってほしいのです。
 “喜び”という言葉は心理学では、「気持ちを分かってもらえたという安定感」をいいます。
 これが人間の喜びの本音です。自分の気持ちを分かってもらえたら、スカッとします。
 悩みを語れないのは、批判されるのが恐いからでしょ。笑われるのじゃないか、ケイベツされるのではないか、馬鹿にされるのではないかという不安があるから悩みが語れないのです。
 話すと心が軽くなりますよね。だから人間関係をよくするための最大のポイントを一つあげてくれと言われたら、私は、“聴く耳を持ちましょう”と言います。
 人の話をじっくり聞きましょう。
 大体損得から言っても得なんですよ、何か入って来ますから。しゃべれば出てゆくでしょう、そろばん勘定から言っても収入の方が支出よりいいわけですからね。
 だから聞かなければ損ですね。まして親子や夫婦といった家庭、先生と生徒の間での対人関係、又、会社で、すべての人間関係の中で一番大事なことは聴く耳を持つということです。
 どうかこれをひとつ分かってほしいと思います。
 ちょっと話しが脱線しましたが、今日、私がお母様方に訴えたかったのは、忍耐強く、根気強くあってほしいということです。
 子供が何を考えているか聞かなければ分かりませんね、この大事さを分かってほしい。皆さん方が聴く耳を持ったお母さんになったら、お子さんがどれほど心が安らぐことでしょう。こんな例もございます。
 映画監督の羽仁進さんという方をご存じでしょう。
 この方の御両親は、羽仁五郎羽仁説子先生。お二人共教育者だった。ですから羽仁進さんは鍵っ子だったんですよね。“自分は鍵っ子で育ったけれども一度も淋しい思いをしたことがなかった”と述懐しておられます。
 なぜでしょう。
 鍵っ子だから学校から帰って一人で留守番をしています。そこへ自由学園の仕事を終って説子先生が帰宅なさいますよね。
 「進ちゃん、ただいま、お留守番ありがとう、お利口でしたね。さあ、今日はどんなことがあったの、そう、あら、そうだったの、そんなことがあったの、それで、あなたどうしたの、どう思ったの」
 わが子の気持ちを一つ一つ確かめながら話をじっくり聞きます。すっかり話を聞き終わってから、家事にとりかかった。わが家に帰りついたら取るものも取りあえず、まず、第一番にわが子の話を聞いた。
 “僕のことは、みんなお母さんが分かってくれている”という安心感。これが親に対する絶対的な信頼感でございます。



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