《本田宗一郎さんの話》

世界のホンダをつくられた、本田技研本田宗一郎さんが、福岡に来られた時御本人から直接聞いた話でございますが、本田さんは、勉強が大きらいで有名な悪ガキだったそうです。
 ふだん、肩で風をきって威張っているガキ大将の本田さんが、一年に三日だけゆううつな日があったそうです。どういう日かというと通知表をもらう日だそうです。
 成績が悪い、そんなのは何とも思わないけれど、困ったことに通知票は親父に見せて、判をついてもらわなければいけない。しぼられるのでこれがゆううつで仕方がない。
 小学校も高学年になって知恵がついてまいりまして、何とか親父に見せないですます方法はないかと考えました。一生懸命考えてある重大な事実にハッと気がついた。
 自分で判をおせばいいんだ。なんでもっと早くこれに気がつかなかったか、そこでご両親が留守のとき、家さがししたけれども見当たらない。
 よくよくいやだったのでしょうね。思いあまった本田さんが、御自身が乗っていた自転車を分解して、ペダルの所のゴムをはずして本田という判を彫ったそうです。
 ざまあみろ、これで今度は親父に見せなくてもいい。嬉しくて得意だったもんで悪ガキ仲間に話したそうです。
 僕、自分のペダルゴムを外して判を作ったぞ、これでもう親父に見せなくていい。
 「本田、いい事をしたね。ついでにおれのもつくってくれないか」
 よかろう、悪ガキは義侠心が強いもんで、ついでに仲間の何人かのをつくってやった。連中は悠々と、本田さんがつくってくれたゴム判をおして、もちろん親に見せないで学校に持って行った。
 悪ガキの面目躍如でございます。その日はよかった。翌朝、学校に出たらいきなり先生に呼ばれた。
 「本田、ちょっとこい」「先生、何ですか」「お前、これこれの判を作ったな」と言われたそうです。びっくりしたそうです。昨日の今日、たちまちばれている。悪ガキ仲間は仁義がかたいですから、密告するやつがおるはずがない。なんで俺が作ったとわかったのか、不思議でしょうがない。だけど、名指しで言われましたので仕方なくいさぎよく聞き直って、はい、僕が作りました。けれども先生、なぜ僕が作ったと分かったのですか。「馬鹿だね。お前、これを見ろ」と出された。飛び上がらんばかりに驚いた。なんと、まともなのは本田だけで他の判は全部裏返しになっていた。判が裏返しだと生まれて初めて気がついた。本田は左右対称ですから。
 人間は失敗しなけば利口にならないんです。失敗の中から教訓を身につけていくのがいわゆる知恵なのです。知恵を身につけていくんです。
 本田さんのお隣の家が石屋さんだったそうです。
 隣のおじさん石の地蔵さんを盛んに彫っている。見ていると下手くそ、特にお地蔵さんの鼻のところが気にくわない。俺だったらもっと格好よくするのになと見ていた。
 たまたまお昼どき、おじさん奥に引っ込んで誰も居なくなった。しめしめ、ノミと金づちをを持って地蔵さんの鼻の所をつかみました。力一ぱいたたきだした。
 なんとそうしたら、お地蔵さんの鼻が根元からぽろっとなくなった。しまったと思ったけど後の祭り、やってみて初めて事の重大さに気がついた。
 お地蔵さんの鼻がなくなってしまった。段々こわくなって、縁の下から床下にもぐりこんで、息をひそめてじっとかくれていた。案の定隣の親父が出てきて、それを一目見るなり
 「誰がこんな事をしやがった、どうせ隣の宗一郎だろ。あんやろ、どこ行きやがったんだ」と怒鳴りこんだ。それを聞いた自分の両親は、「そりゃもう宗一郎にきまっている。あのやろうどこへ行きやがったんだろ」と大騒動、ますます出るに出られず小さくなっておった。薄暗くなって、お腹がすいてきて心細くなって、とうとう我慢できなくなって床下からはい出てきた。そこをつかまって地べたに頭をすりつけてお詫びをいわされた。私はこのことがあって以来、もう二度と人の物に無断で手をかけない男になりました。
 これ、これです。
 大失敗の中から、物事の善悪をガッチリと身につけていくのが人間の成長ということでございます。失敗しないように、しないように注意する。これ親心でも何でもない。体得させなければ利口になりません。もちろん命に関わる失敗があってはいけませんけどね。そうでない限り、失敗から学びとっていくのが人間の成長なんだということを、是非わかっていただきたい。
 今の教育ママさんは、つききりで上げ膳据え膳、手取り足取り、さあ勉強してちょうだい。勉強しておれば良いように思っている。これは大間違い。欠陥人間になってしま
います。