《記憶支配》
さらに深い状態の催眠があります。
これを記憶支配といいます。
これをやりますと、先ほどの忘れた筈の情報がボロボロでてきます。
決して消えていないということです。
記憶支配をすればすぐ分かります。例えばここに五十歳位の人がいます。
五十歳の人の三十年前の二十歳の頃です。例えば両親に死に別れてみなし子になったとします。
恋人と切なく別れた。何か人生の悲しい体験を生きて乗りこえてきた。すでに三十年たった。そのことが若い頃の懐かしい思い出となっている人につぎのようなメッセージを与える。
「私が数を数えます、ひとつ数えるごとに、あなたの記憶は一年ずつ若返ります」
“ハイ!ひとつ、ふたつ、三つと数えます。”これを年齢退行の実験といいます。
記憶をさかのぼらせます。溯って三十歳、二十歳、ハイ今、二十歳。どういうことがありました?
先ほどの体験の持ち主ですと、三十年前の悲しい感情をもうとっくに乗りこえてきているのにあざやかによみがえるのです。いっきに溢れ出して、しゃくりあげて泣き出すのです。
決して消えてはいません。怒り、悲しみ、憎しみの感情等、人生五十年も生きていれば誰でも何かはあります。
年齢退行の実験でその年まで記憶を逆のぼらせると消えた筈の感情があざやかによみがえってすごいエネルギーで吹き出してきます。
年齢を五歳位まで退行させまして「ハイ今五歳、いつつ(・・・)ですよ。」クレヨンを持たせて絵を書かせると五歳の時のままの絵しか描きません。完全に記憶が五歳の頃に戻ってしまいます。
“そばに誰かいますか”
“おばあちゃんがいっしょ。”と、とっくに亡くなった祖母です。着物の色・柄までいいます。紺だとか灰色だとか。
誰がしてもそうです。
凄い記憶装置を持っているのに、気づかないのです。うわっつらの一割しか分かっていないのに自分は頭が悪いと思いこんでいる。
“あいつは馬鹿だ!”
“この子はダメだと”決めつけてしまう。
とんでもないまちがいです。
人間はそんなに単純な存在ではないのです。
はかり知れない可能性をを秘め、凄い記憶装置を持っています。催眠をすればいやという程思い知らされます。
私も催眠を教わって初めて知りましたが、皆さんにも知ってほしい、気づいて欲しいのです。
皆さんは優秀な頭脳の持ち主です。
最後の実験をします。
記憶支配の段階で、「これから数をかぞえます」と言います。
「十数えたら、あなたは気持よく催眠から覚めます。催眠から覚めた後、私がポケットからハンカチを出します。そのハンカチを見たら、あなたは窓を開けにいきます。しかし、ハンカチを見たら窓を開けにいくということをあなたは覚えていません。」
「一、二、三、四」と数えて催眠から覚まします。意識はありますから全部覚えています。けれども記憶支配の段階であなたは覚えていないというメッセージを与えられると、覚えていない、その事だけは、思い出さない。
なんでそうなるのか分からない。催眠の恐ろしいところは、実はこの部分なのです。
記憶支配の催眠の段階で「このこと覚えていませんよ」といわれたことだけは思い出しません。
何をされるか、解ったものではないのです。
連続TVのドラマで刑事コロンボというのがあります。ロサンゼルス警察の殺人課のヨレヨレのレインコートの男です。
あのシリーズの中で催眠に関するドラマがありました。他にも、これは本当にあった話ですが、ドイツのハイデルベルヒ事件というのがありました。
催眠を使った殺人事件でした。迷宮入り前に、もしや催眠ではなかろうかと調べてみたら、急転直下、事件が一気に解決できたというわけです。
このようなわけで犯罪に利用されるといけませんので、学会でも非常に慎重に扱います。
催眠から覚めた後、感想を聞かせてもらいます。私は大抵、産婦人科のお医者様とペアを組んで稽古しました。
“どうでしたか?”“気持よかった。”
上手な人が催眠をするとリラックスして気持がよいのですが、下手な人の場合は、気持が悪い。“足元に赤い花が見えるでしょ。”と私がいいましたが、相手の医者は“あの時、なかなか、赤い花は浮かばずに困ったよ。”とか、
“いいかたまずかったネ”と確認し合うわけです。
自分の与えたメッセージがきちんと相手に伝わっているか正しかったか確認します。お互いにかけたり、かけられたりして練習します。
催眠の腕前をみがきます。十分位して、なにくわぬ顔でポケットからハンカチを出す。
そうすると相手は、ソワソワしだします。
落着かず“チョット失礼”と立ち上がり、窓を開けます。
“部屋の空気が汚れていて”と言って言い訳をしながら窓をあけます。立って窓を開けてやっと落ち着くのです。ハンカチを見ると落着かず窓を開けずにおれなくなる。
本人の意識では部屋の空気が汚れているからというわけです。
心理学的用語で合理化というのです。
自分の行動を理由づけて正当化することです。
オレはコウダカラコウスルノダ、事実はハンカチを見たからそうしたまでで、無意識に支配されていることに全然気づかない。
一割の意識で分かっているつもりです。事実は無意識に支配されています。合理化して分かっているつもりになっています。そうではなく、無意識に支配されて行動しているのです。